ゴルゴ13並みの精神的タフネスが要求される医師という仕事

    訴訟・逮捕はもはや他人事ではない 特に管理者が甘ちゃんではこれからの時代はダメ.


もし,医療事故で警察に「逮捕」されたら
 
 先日,福島県で帝王切開の手術中,早期胎盤剥離で大出血し患者を死に至らしめた事故があった.
警察はすぐにこの産婦人科医を「業務上過失致死」で逮捕した.

 最近,医師が逮捕される事件が多い.しかしこれは考えてみると大変おかしいことなのである.逮捕する目的は容疑者が逃亡したり,証拠隠滅をはかることを防ぐためである.医者の場合はどうであろうか.
 手術室で患者が死んだからと言って,その場で逃亡を図り海外に高飛びする医者などいない.

 また,証拠隠滅と言ったって,このような医療事故は急に起こるもので,記録などないものが多いし,カルテから看護記録,あとコンピューターに保存されたものまで多枝にわたり,証拠隠滅は口で言うほど簡単ではない.そのような状況にある医師を逮捕するのはいかなる目的なのであろうか.はっきり言って逮捕の目的などないのである.あるとすれば警察が自分らの業績を上げたいという事だけであろう.つまりこれは不当逮捕なのである.

 医局から,「近況報告」ということで何か書くようにと言われた.近況はいろいろある.私は医業を営んでいるので,日々厳しくなる医療情勢を特に気にかけている.しかし,そのような話より医局の皆様,および我々OBに明日にでも起こるかもしれない,「医療事故」「警察」「逮捕」という事の方が切実だと考え,このテーマを選んだ
(結局はちょっと医局の雑誌に載せるにはどぎついかなと思い,別なものを投稿し,こちらは投稿しなかった.A企画のページでじっくりと読んでいただこう)

 
もし,この産婦人科医のように,あなたの患者が急死などしてしまい,警察に逮捕されたらどうすればよいのか.簡単に言えば,弁護士を呼ばなくてはいけない.このことについてちょっとつっこんだ話をしたいと思うのでしばらくおつきあい願いたい.

 



「弁護士を呼んでくれ」と言っても,ゴルゴ13くらい肝がすわっていると良いのだが,なかなか我々の場合そうはいかない.

 はっきり言って,医者というのは人生の表街道を歩いてきた人ばかりである.少年時代は勉強が出来て先生からはいつもほめられクラスを代表するような
優等生でやってきた.
 医学生時代は,やっぱり,
「医学生」ということで大人達からも一目置かれていた.そして卒業して国家試験に受かれば,経験がない,何も出来ないと先輩医師や看護婦から言われつつ,世間では「お医者様」ともてはやされる.これを人生の表街道と言わず何というのだろうか.

 しかし,ある時,ベストを尽くしていたにもかかわらず,自分の担当する患者が急死して,いきなり警察に逮捕されることとなれば今までが表街道であっただけに気持ちは動転する.それはそうだ.

 しかし,あなたを乗せたパトカーが警察の門をくぐったら,その時には覚悟を決めよう.

 
一番駄目なのは,向こうの気に入られるような発言をしたらすぐに釈放されるのではないか,とか考えることである.実際に向こうの筋書き通りの発言をしたらすぐに釈放だ.しかし,このあと,刑事,民事はきついことになる.

 つまり,警察の気に入る発言をすることが一番ダメだ.警察はそのようなところではない.一端,逮捕したからには,何としてもその根拠を示さなければならない.そうしないと「不当逮捕」になってしまう.


 だから,警察の立場から言うと,この産婦人科医の場合というか,
医者を捕まえた場合ならもう警察の筋書きは初めから決まっている.

・危ない手術だが,功名心を満たすためにやった.
・やったことのない手術だが,自分の腕を試したくてやった.
・危ない手術と分かっていたが,自分の病院(医院)の経営のために手術に踏み切った.  等々


 このような事を何としても警察は喋らせたい.つまりこのような証言が欲しいのである.それが得られないと「不当逮捕」になる.

 一方,捕まったあなたの頭の中は,人が死んでしまった.どうしよう.という,気持ちでいっぱいだ.言われてみると,上記のことは全部当てはまるような気がしないわけでもない,と言うのが,このような時の偽らずる心境ではないだろうか.

 すると,みんな警察の誘導するとおりの証言をしてしまうものだ.

 これが命取りになる.この証言は,ずーーと残り,検察庁,また,その後に起こるであろう民事裁判まで重要な資料として使われてしまう.また,この証言を元にマスコミは記事を作る.


 
マスコミとは公正な存在では決してない.面白い記事がないかとハイエナのようにいつもかぎ回っているものなのだ.
 そのマスコミにとって医療ミスの記事はニュースバリューがありこたえられないのである.交通事故の死亡事故なんか記事にすら値しないが,こんなものより医療事故はずっとニュースバリューがある.人の死は医療事故でも交通事故でも等しいはずだが,マスコミにとってこの両者は等しいものではない.つまり,彼らにとって交通事故死など今や日常茶飯事で記事にする価値のないくず鉄のようなものなのである.一方で,医療事故はニュースバリューの点から超お宝なのである.このことをきっちりと我々は覚えておかなくてならない.
 
 だから「医療ミス」の記事はいつも以下のパターンになる.

・危ない手術(治療)だが,功名心を満たすためにやった.
・やったことのない手術(治療)だが,自分の腕を試したくてやった.
・危ない手術(治療)と分かっていたが,自分の病院(医院)の経営のために手術(治療)に踏み切った.

 
 医療事故の記事は皆,同じパターンだろう.そしてこれがその後の民事訴訟での医師側の大敗に繋がっていく.

 だから,覚えておくべきなのだ.
警察に捕まったらもうその建物には自分の味方はいないのだ,ということ.

 証言するのなら,以下のことを絶対に譲ってはいけない.がっちりと死守しなければならない.気の迷いもあろう.言われたらだれだって功名心も名誉欲も自分の腕を試したいと言う気持ちもあるものだ.だけど証言で言うことではない.

 第一,名誉欲や功名心で病院の医師たるものが患者を殺すだろうか.ベストを尽くしたが患者は死んだ.それが事実であろう.
 また,自分の施した医療で人が死んだ.この事実は重い.だからこうすれば良かった,ああすれば良かった,ぐるぐると走馬燈のようにと考えるものだ.丁度,将棋差しが,将棋の終わった後,対局を振り返り,ああすればよかった,こうすれば良かった,と考えるように.

 そうすれば,どんな場合だってより良い手が2-3手すぐに浮かんでくるものだ.だけどそんなこと証言で言ってはダメなんだ.それは証言に適していないことなのだ.そしてそれは事実ではない.医療は将棋ではないのだ.だから証言で言うことは決まっている.

・自分の治療に一点のミスもないと言うこと.
・自分は十分に経験を積んでいるということ.
・功名心,腕試しという考えは自分には全くないと言うこと.

 
 これを絶対に譲ってはならない.
とにかく警察は先述した証言が欲しいのだ.それだけなのだ.色々つっこまれて答えに窮したら答えない.警察は何も知らない素人だ.医局のカンファレンスではないのだ.時に優しく言われても,先述したように「功名心」「腕試し」など世俗的な事に繋がる証言を取られては絶対にダメである.


 不利な証言をする必要はない.「これはいかんな」と思ったら躊躇なく弁護士を呼ぶことだ.いや,最初から呼んでおくのが良いのだ.あなたのいる警察の建物の中,みんな敵.この場合,警察は敵なんだ.とにかく警察は逮捕したことを正当化しなければならない.


 「不当逮捕」とでもなれば,ニュースバリューの大きい事件だけに,警察の首の一つや二つ飛んでしまう.あなたに関わった人はみんな左遷の憂き目にあうはずだ.だから警察はあなたから以下のような証言を取ろう,つまり,あなたを陥れようと必死なのだ.このことをよく覚えておこう.
 となると,このような時にはとにかく味方が必要なのである.だから喋る前に弁護士を呼ぼう.とにかく味方が必要なのだ.


山形県の人間将棋:医療は将棋ではない.悪手を指した将棋指は逮捕されるのだろうか.見ていると,たとえば,野球で厳しい二遊間を襲うゴロを捕れなかった,と言って,「もうちょっと早くスタートを切っていれば捕れたのに」ということで医療者側が「ミス」という言葉を使うケースが多いようだが,もうそんなことは辞めよう.また,誰も捕れないゴロなのに,裁判,逮捕になって,「捕れたはずだ」と言われているような例があまりにも多い.

 逮捕などというのは,野球の場合であれば「八百長」などをした場合.医療で言えば,悪意を持って治療した場合のみであろう.


 どうせ.逮捕されても行くのは留置所であり,長くても1週間くらいで出られるはずだ.そんなのはどうってことはないのだ.留置所に入る前に手錠をかけられ腰には縄を打たれ,パンツを下げられ何か隠してないかとチンチンや肛門までじっくりと見られるはずだ.屈辱だ.

 また留置所に入っている間,あなたはいつものように「先生」とも「Aさん」とも言われない.「453番」などと番号で冷たく呼ばれ,トイレは部屋付きのトイレでしなくてはいけないし,トイレをした後も水洗便所の水なんか流れない.水を流して貰いたいときは「453番ですがトイレの水を流していただけませんか」と看守に大声で頼まなくてはいけない.すると「453番.水を流すぞ」と威圧的な返答とともに水が流れるというシステムだ.

 飯も医局員時代に昼飯として食べていたその辺の仕出し弁当と同じような粗末なものが供されるであろうが,いかんせん汗くさい匂いが漂う留置所という環境では何を食べてもまずい.

 夜も脱走防止のためか蛍光灯が一晩中うるさく灯いている.だけどそのくらい大したことはない.そのくらいでへこんではいけない.そのぐらいの覚悟で臨まなければならない.人生勝負の時なのだ.
 
留置所に入った後に取り調べがある.これが正念場なのだ.そこで,以上に述べたような変な証言をするとそれがずーーと残ってしまう.裁判でもそれを元に審議されてしまう.それを心しておこう.


 おっと,先ほど私は番号でしか呼ばれない,と述べたがこの取り調べの時は,名前とかあるいは「先生」などと呼ばれるかもしれない.するとほっとするものだ.そしていらないことを喋ったらそれでもうおしまいなのである.蛇足ながらそのことにも注意しよう.

 その留置所から出た後で,じっくり警察を不当逮捕で訴え,自分の損害を賠償をさせ,マスコミの記事については徹底的に容赦なく裁判で「名誉毀損」ということで訴え争えばよい.

 このことをよく覚えておいた方が良い.
 医師であれば誰の身にでも,「逮捕」ということは明日にでも降りかかるかもしれない世の中になっているのだから.



 もう医師は甘ちゃんでは勤まらない.何があっても,「ミス」という言葉は避ける.

 「ミスはあった」ということをはやばやと認めてしまう発言をする院長,本人が居るが,何も得にはならない.その後の民事裁判,刑事裁判がきつくなるだけだ.

 大淀町立病院で,受け入れ先がなく妊婦が亡くなった事件があったが,このときも院長がはやばやと「ミスがあった」と言っている.要するに,この院長も甘ちゃんなのである.このようなことは口が裂けても言ってはいけない.あっさりと認めると,潔い,ということで後の罪が軽くなるとでも言うのだろうか.

 それとも当事者ではないから,気楽に,マスコミや警察に言われるがままに答えているのだろうか.このような甘ちゃんに,これからは病院の管理者をさせてはいけない.今後,このようなことはどんどん起こり得るし,現に頻発している.

 遺族にとって見れば,「ミスはなかった」「最善の努力を尽くしてくれた」と思うからこそ,浮かぶ瀬もあるのである.「ミスがあった」などと言うことは患者や亡くなった遺族に対しても不遜なことである.遺族からすれば絶対に許せない,ということにしかならない.

 そう言えば,心臓の手術で死亡した症例に対して,どこかの心臓外科の部長か教授が「あれはトレーニングだ」と軽率なことを口走ったケースがあったな.

 あのような人もこれから,一兵卒の医師としてなら,働けるだろうが,管理者としては不適格者である.これからの時代を生きていけない人である.

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