崩壊寸前の小さな市立病院のお話

 

 北海道の,とある地方都市の小さな市立病院のお話です。

 かつては、十分な数を擁し、地域のニーズに十分に答えていたこの病院も、最近の医師不足で、医師の引き上げが相次いで、医師不足に陥りました。また、近隣の大きな市立病院との集約化が噂されました。

 「集約化」と言っても、つまりは、大学の医局が医師を引き上げ、大きな病院に務めさせるというだけのことで、引き上げられた病院は、万歳するしかありません。軍隊のように、部隊を移動させるかのように勘違いして考えている人も居るかもしれませんが、医師を引き上げられる病院と医師を集約化で受け入れる病院、これは当然のことながら会計は別です。これが軍隊との大きな違いです.

 引き上げられた市立病院側は地獄を見ることになります。医師が居なくなり、その診療科が閉鎖されれば、確実に減収になるし、また、下手をすると、みんないなくなり診療ができなくなる恐れすら出てくる。そうなっても、市としては市立病院を潰してしまう訳にもいかない。結局、職員をそのまま採用したまま、開店休業状態になる。もちろん医師探しになるが,この時勢,なかなか見つからない.これは、膨大な赤字を生み出すことになる。

註)このように書くと,「医局って何て横暴なんだ.地域のことを考えろ」というご意見が必ず出てくると思うので一言,註を入れさせて頂きます.医局は別に地域に医師を派遣することが義務として負わされている組織ではない.それどころか,「医局が地域に医師を派遣するのは,派遣業法違反である」と訳の分からない重箱の隅をつつくような法解釈で一方的に国民の皆様とマスコミから叩かれた事もあるのです.(ほんの6 - 7年前のことです)

 医局は医局員の研修,という目的で地域の病院に医師を派遣していた.もちろん「研修」とは言っても,人の命と体を扱う職業ですので,責任を持って,キャリアと実力を持った人間を派遣していた.通常の場合,科長クラスの経験豊富な医師と,それを補佐するある程度キャリアのある中堅どころ,そして,あまり臨床経験はない下働きをしつつ,学んでいく立場の若手をセットにして2-3人,場合によってはもっと多くの人間を1セットにして派遣していた.

 ところが平成16年の臨床研修医制度が始まってから医局は年々人手不足が厳しくなっていっています.だから,今まで派遣していた病院からの撤退があちらこちらで行われている.

 臨床研修医制度が始まる前ならば,北海道の病院は北海道の隅々まで,撤退どころか,3つの大学が派遣先を取り合っている状況でしたから,どこかが撤退したら,大方のケースでは他の大学の医局がすぐにこれ幸いとばかりに人を送り込んでいた.あたかも,「3大学対抗陣取り合戦」の様な事が行われていたのである.

 故に,問題の根っこは,医局の横暴にあるのではなく,医局にこれだけの人手不足を招いた原因となった臨床研修医制度と,それを医療関係者の反対を押し切って強硬に導入した政府,厚生労働省にあるのです.

 だいたい人口5−6万の地方都市で、市立病院の赤字が20億を越えると、もうその市自体が危なくなると言われています。そして、夕張のように破産することもあり得ます。そうなると、市民は増税と福祉の制限等の苦しみを味わうことになります。

 この市立病院は医師を引き上げられてはかなわないぞ、とばかり、今年の夏頃に医師の給料を突然アップしました。だいたい20−30万円アップした。すごいことだ。また、院長自ら、医局会で「当直とは本来、寝当直であり、救急患者は診ないものなのだ」とか「時間外手当を時給として4000円前後出す」との発言をした。時間外の時給4000円前後というのはこの病院の給料水準を考えるとちょっとおかしな所もあるのだが、普通の公立病院はこのような点をごまかしごまかしやっているが、正直に口に出して院長が言ったというのは、評価したい。

 「時間外手当はいくらか?」参考:当HP 「各論 A 日常勤務に対する待遇」の「時間外手当」の項

 また、この病院は過去に医師の過労死を出した病院(ただし,過労死かどうかは不明であるが・・・その様に噂されている)でもあり、「当直の次の日は休みにせよ」とおふれを出してもいた。

 そしてその結果であるがどうだったであろう。

 いくら、「当直の次の日は休み」とか「当直の時には救急患者を診るものではない」と言ったって、それが実態を伴っていないと、何にもならない。空しいものである。

 結局は、実態はなかった。当直の時に救急外来に患者が来たら診るし、当直の翌日も業務はある。

 とある、ある日の内科のベテラン医師。当直の時に救急患者が相次いで、結局ほとんど眠られず、翌日は通常の外来業務。朝にはカルテが50枚ほど積まれている。外来をこなしていると、救急車が重症の患者を搬入。そちらにしばらくかかり切りになる。5時頃からまた、外来を開始。外来でぽつりと「僕はいつ休めるのだろう」と思わずつぶやくと、患者から「それでもあなたは医者か?」とお叱りを受ける。

 この状況。日本全国で起こっているこの状況の改善策はなんなんのか? いったい何が悪いのか。どうすれば良いのか? この患者が悪いのか?  ぽつりとつぶやいたこの医師が悪いのか?  これはまた最後の「対策」のところで後述しよう。

 このような状態だから、給料を思い切って上げたまでは良かったが、今年の3月、かなりの医師数が辞めるようである。かなりと言ったって、数人だが、もともと十数人しかいないので、かなりの打撃になる。

 幸い、残った医師の士気は今の所高く、また、患者も「市立病院の危機」ということで、夜中の受診はだいぶ控えているようだ。

 しかし、この病院。このような来年から30%減、という末期的な状況でも「赤字だから」という理由で救急外来はつづけるそうだ。

 そんなことをいていたら、もう結末は見えるだろう。

 ・・・つまり,来年度中に、崩壊である。

 


対策

 対策を述べる。

 医師の負担の軽減策を打ち出さなくてはいけない。言うだけでなく実効性の伴ったものにしなくてはいけない.

 ・救急外来の停止。

・ 時間外手当をきちんと払う。時給4000円前後ではなくてきちんと真っ当に計算して払う。

・ これでももはや、医師の負担軽減には不十分だろう。あとの対策としては「外来の完全予約制」枠も厳格に定める。5-10分にひとり。それを厳粛に守る。例外は認めない(例外を認めたらズルズルになる.まとまりがつかなくなる.せいぜい,他科からの紹介.あるいは他の病院から医師からの紹介をその病院の担当医が自分の裁量内で受け付けた場合のみとするべきである)。予約なしで外来に来ても一杯だから,と言って断る.予約を取ろうとしたら3週間後だった、ということもあろう。また、もちろん、ふらりとその日に行っても「業務が詰まっている」という理由で診てはもらないだろう。救急車もしかり。このくらい徹底することが必要である。

この患者にお叱りを受けた内科医師。いったい何が悪いのだろうか。

 結局、病院側が環境を整えようとしていない。当直のあとは休みにするのなら、そのような体制を徹底的に取るしかない。外来診療の限定などがそれにあたる。また、救急外来の閉鎖ということも実効性があった。言うだけで、病院として有効な対策を打てなかったので、今やすでに死に体、そして、来年度、確実に崩壊する運命となった。

○○この病院も給料の面では結構な事をやったと,私個人としては評価している.しかし,この事例からわかることは,お金だけではダメだ,ということだ.医師の働く時間,拘束時間をきちんとしないとダメだ,ということである.

 

 

 このとある市立病院は北海道の道北、あるいは道東の公的病院のお話だが、このような病院はもはや今や日本全国至る所にあり、来年度は医師が居なくなり、バタバタと崩壊して行くだろう。そして、医療空白地帯は今の「点」から「面」の広がりを呈して行くようになる。

 救急病院を探しても、今までなら2−3時間で何とかなったが、来年度からは、全く見つからなくなくなるだろう。それが,医療崩壊が「面」の広がりを持ったということなのである.

 であれば、多くの危機に瀕している病院は、当企画の提案するような案をもっと前向きに検討すべきだろう。それが地域住民のためにもなるのだから。

      

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