病院の救急体制のグレードについて検証する

 ・・・根室市立病院の救急体制の新聞記事を読んで

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グレード
救急体制
A
救急外来には,当直医がまず対応するが,救急外来に来院した患者の希望を100%聞いて,専門医を呼んであげ,必要な検査も患者が希望する検査もしてあげる体制
B
救急外来には,当直医がまず対応し,あくまでも当直医の判断で,専門の医師を呼び,かつ必要な検査をする.当然であるが,後日でも間に合う検査は平日の昼間に行う.専門医は呼べば確実に出てくる体制を取っている
C
救急外来には,当直医がまず対応し,あくまでも当直医の判断で,専門の医師を呼び,かつ必要な検査をする.当然であるが,後日でも間に合う検査は平日の昼間に行う.専門医は呼ぶことはできるが,小児科,整形外科,脳外科,産婦人科など特定の科は人員が少ないので対応できないこともある(特にひとり科).
D
救急外来には,当直医がまず対応するが,当直医の出来る範囲の処置のみを行い,できなければ,原則として,他病院へ行ってもらう体制.
D’
救急車で来院する「重症患者」のみに対応.救急車以外の患者は受け付けない.救急車で来院した患者に対しては,必要とあらば,他の医師も呼び処置を行う.
E
原則として救急外来は行わない.ただ,当直医が判断すれば処置を行うべく,パラメディカルの招集を計ることが出来る.
F
原則として救急外来は行わない.ただ,当直医が行うと判断しても,パラメディカルの招集を計ることが出来るかどうかは不明.元来,まったく時間外に対応する体制を取っていない

 いろいろな病院の救急体制をグレードにより分類してみた.言うまでもないが,これはすっぱり割り切れるものではないし,医療圏の大きさ,あるいは,輪番で救急をするのであればその周期によっても大変さが違ってくるということは言うまでもない.また,その科の人数によっても大変さが違ってくる.

 救急の大変さを推し量っていくのにも,いろいろなファクターがあるのだが,一応,上表のように,救急体制そのものをグレード分けした.以下に説明を加え,また,このたびの根室の救急体制の問題点について述べてみたい.

A
救急外来には,当直医がまず対応するが,救急外来に来院した患者の希望を100%聞いて,専門医を呼んであげ,必要な検査も患者が希望する検査もしてあげる体制

 まず一言.すばらしい救急体制であるが,このような救急体制はこの世の中に存在しない.「子供だから小児科医に診てもらいたい」と,救急外来でいきなり言う患者がいる.しかし,これは間違っている.
 当直医が自分で診るか,専門医を呼ぶか,その判断は,救急日にみた当直医の判断による.患者は当直医に「小児科の先生をお願いします」と丁重に頼むことは出来る(これも失礼な話である)が,「専門医を呼べ」と命令することは出来ない.それは越権行為なのだ.専門医にかかりたければ,やっぱり昼間にきて診てもらわなくてはいけない.

 自分の望みが通らなくて,暴言を吐いたりする患者は論外だ.このようなものは診療を受けることを拒否したものと見なしても良いのではないだろうか.私は,患者の付き添いでガーガー言う人がいるが,この場合にはその付き添いの人は外来の外に出て貰っている.私はこれを診療の妨害行為と見なしている.

 暴れたり,挙げ句の果てに殴りかかってきたりする患者もいる.このような狼藉者に対応するのは医師の仕事ではない.暴言をはくような患者が居たらすみやかに警察を呼ぶことをお薦めする.それがトラブル回避の元である.粗暴な患者に殴られ怪我をするのもつまらないし,また,逆にこちらが暴力を振るえば,これまたすごく面倒なことになる.暴言を吐いたり粗暴な患者がいたら診療を停止し,警察に通報するのが,最も良い方法である.

 まあ,しかし,救急で実際にまいっている話を聞いたり,ネットの掲示板などで疲労困憊,困った話を聞くと,それらはこの救急体制グレードAを目指しているが故に,その様な状態に陥っているように思う.

 もっとも,訳も分からずAを目指す病院管理者も多いし,何よりも,Aをやらなくてはならないと考えてそして,すごく苦しんでいるドクターがすごく多いように私には思えるのだ.

 だから,もう一度言おう.このような救急体制は世の中に存在しない.

B
救急外来には,当直医がまず対応し,あくまでも当直医の判断で,専門の医師を呼び,かつ必要な検査をする.当然であるが,後日でも間に合う検査は平日の昼間に行う.専門医は呼べば確実に出てくる体制を取っている

 この体制が,考え得るもっとも優れた救急体制である.当直医が診て,必要であれば専門医を呼んだり必要な検査をする.「脳外科医を呼んでくれ.MRIを撮ってくれ」と患者が言うのは間違っている.お願いすることはもちろん出来るが,粗暴な態度であたかも命令するかのごとく言う患者にヘコヘコとするような筋合いはないので,患者の言うがままに対応するのは間違っている.そんなことをしていたら,他の医師が疲弊してしまう.

C
救急外来には,当直医がまず対応し,あくまでも当直医の判断で,専門の医師を呼び,かつ必要な検査をする.当然であるが,後日でも間に合う検査は平日の昼間に行う.専門医は呼ぶことはできるが,小児科,整形外科,脳外科,産婦人科など特定の科は人員が少ないので対応できないこともある(特にひとり科).

 このCはBの亜型である.当直医が呼んだとしてもその目指す専門の医師が出てこれるかどうかは分からないものである.そのドクターのプライベートな時間である.非番なのである.

 自分は,道東の基幹病院でひとり科で働いたことがあるが,自分の経験では,呼び出しに対して7-8割なら対応することは出来ると思った.ただ,2−3割は対応できない.いや,そこにも対応せよ,と言われたらはっきり言って瞬間的にパンクする.どんなときに対応できないか?

 ○日曜日に家族と遠出を楽しんでいるとき・・・たとえば,然別湖から救急患者を診るために戻ってこいと言うのか.また,来るか来ないか分からない患者のために休日もずっと病院の近くに居ろ,というのか.私はその様なことはご免被る.体制Cを取っているのなら,「そのようなことは出来ません」と,はっきり言おう.

 ○友人と夜,酒を飲みに行っているとき・・・中座して,救急患者に対応したことも何度かある.しかし,今は酒を飲んで診療して良いのか.そんなことばかりが厳しくなっている.まあ,飲んでいても大事な話をしているときもあるし,行けるか行けないかもケースバイケース.

 ○あと,正月休み,学会参加,ゴールデンウィーク,有給の消化などで行けないときもあろう.

 このようなものを含めて,7-8割なら救急に対応は可能だが,あとの2-3割も絶対にやってくれと言われるとかなり辛くなる,というか不可能.

 私の概算だが,Bの体制は医師が50人以上居るような病院でなければ無理.C は20-25人以上は必要であろう.そのほかに,科ごとの医師の数をみて仔細に検討しなくてはならないだろう.

D
救急外来には,当直医がまず対応するが,当直医の出来る範囲の処置のみを行い,できなければ,原則として,他病院へ行ってもらう体制.

 当直の時にはがんばってもらうが,そのほかは非番.非番の時をかなりはっきり打ち出せる体制.

 今の世相を診ると,本来,このDあたりで精一杯のはずなのに,BやCをやろうとして,断末魔の叫びを挙げている病院が多々ある.

D’
救急車で来院する「重症患者」のみに対応.救急車以外の患者は受け付けない.救急車で来院した患者に対しては,必要とあらば,他の医師も呼び処置を行う.

 新聞によると根室市立病院の新しい救急体制がこれである.本来,BかCをとっていたがとても無理で,救急車というものに対しては,B,Cなみの対応をするということ.このことについては,記事を紹介したあとまた述べることとする.

E
原則として救急外来は行わない.ただ,当直医が判断すれば処置を行うべく,パラメディカルの招集を計ることが出来る.
F
原則として救急外来は行わない.ただ,当直医が行うと判断しても,パラメディカルの招集を計ることが出来るかどうかは不明.元来,まったく時間外に対応する体制を取っていない

 救急医療はやらないという体制.このあたりにグレードを下げた方が良い病院がいっぱいあるが,BかCに固執している病院がたくさんある.これが問題である.

根室病院、常勤医師が6人に 夜間など救急外来休止

平成19年4月6日

 ◇前年比5人減
 市立根室病院(荒川政憲院長、病床数144床)の常勤医師数が前年比5人減の6人になり、9日から当面の間、小児科を除く全科で平日夜間と土日祝日の救急外来を休止する。長谷川俊輔市長が5日、明らかにした。緊急時に医師が病院に駆けつける自宅待機態勢となり、救急車で搬送される重症患者のみ受け付ける。


 今年1月、内科医4人のうち3人を派遣してきた旭川医大が3月末で同病院への派遣打ち切りを通告。陳情などの結果、3人(前年比1人減)を確保し、内科医不在の危機は免れた。しかし、外科と整形外科に各2人いた常勤医師は確保できなかった。現在は2科のいずれも非常勤医1人で、手術もできない状況。


 長谷川市長は「最低でも(常勤医)10人態勢になった時、改めて救急外来の(再開を)検討したい」と述べたが、現在、当直可能な常勤医は6人中3人で、早期の再開は難しそう。同市では、マイカーやタクシーでの来院も含め、毎晩12-13人の夜間救急外来患者がいる。このうち救急車での搬送は一晩平均約1・3人。【本間浩昭】

 改めて、この根室市立病院の記事を読むと、救急外来の体制のグレードはD'.しかも,3人で当直や救急外来を回すというきわめて厳しい体制だ.

 さて,この体制を,職を探している勤務医の立場で見ていこう.

 職を探しているものなら,やっぱり聞きたいのが当直の回数.根室市立病院の場合は,当直のための手伝いの医師がいない限り,月にに7-8回になる.医師数がこれしかいないのだから,これは仕方がない.わり算をするしかない.

 次に,どのくらい拘束されるのか,ということ.少なからず救急車が入るということは,重患なら複数人で処置しなくてはならないことになる.また,このメンツでは,症例によっては釧路まで送らなくてはならないことになろう.そのときにドクターが救急車に乗り込むこともあろう.その際,代わりに当直をやるものが必要となる.すると,一人当直で,常に一人が待機する形となる.

 つまり,当直と待機をこなすだけで,月の半分は,何らかの形で拘束されることになる.さらに,専門が違えば,常に呼ばれる可能性があると言うことになる.

 私は常に当直は月4回以内と述べているのでそれから見ると根室市立病院はかなり多い.また,12時から5時という深夜に寝当直も含めて月に7-8日以上働いていると,過労死の危険性が高まることも述べた.

 このような角度から見ると,この救急 D’という体制はかなりつらいというか,不可能な体制である.これでは,根室市立病院は新規に勤務する人は見つけられないだろう.

 根室市立病院の場合はE, Fという体制がもう限界なのである.

 根室市長は「最低でも(常勤医)10人態勢になった時、改めて救急外来の(再開を)検討したい」と言っているが,これはどうだろう.10人の常勤医のうち時間外に対応できるのは何人になるかわからない.時間外に12-13人の外来があるという.この人員で,体制Cをとると,ゾッとするような体制になる.

 Dで当直医が一人でやっても,かなり大変.やっていると,必ず「専門医を呼んでくれ」ということになる.Dでやるのであれば,本来,その科の先生など来ないんだぞ,ということを,病院に大量に張り紙をして,市の広報誌に何ども出して,病院内,市に対して周知徹底させる必要がある.そうしないと,結局,皆巻き込まれて,なし崩し的に体制Cになり,勤務している医師自体がつらくなるし,病院崩壊となる.

 まあ,10人になっても意欲を見せずに,救急体制は E か F がよろしいかと思うのである.市長がこのような意欲を見せるのは,常勤医が25名を超えたあたりで十分間に合うことである.


【まとめ】

○病院崩壊の原因となっている救急外来を分析し論ずるために,救急体制を一応,A - Fにざっと分類した.聡明な方ならもっと気の利いた分類を提唱できるだろう.

○Aという体制は幻想である.くれぐれも幻想を追ってはいけない.

○救急外来でもめることはよくあることである.こんな時は自分で解決しようとしたり,変に安易に妥協したりせず,まず粗暴な態度の患者に対しては毅然と対応し(粗暴な者は外来から出すなど),警察も早めに呼ぼう. ススキノの近くで開業されているドクターは,粗暴な人が来たらすぐに警察を呼ぶそうである.トラブル回避の知恵である.

○職を探している者にとってこの救急体制が病院への拘束の体制となる.医師を求めている病院は,このことに留意し,現在の救急体制を検討しなくてはならない.

 少ない人数でC をやっている病院が多い.それでは医師は集まらない.

○医師募集をかける以上,雇用者側は,どのくらい拘束するのかなど仕事の内容を明瞭にする必要がある.当たり前だが,このことを不明瞭にして,いかなる職種の人をも募集することは出来ない.

○今思えば,医療体制がもっとも充実していたのは平成5年頃から10年頃.このとき,日本全国津津浦々に救急体制A らしきものがあった.まあ,これも,平成16年の研修医制度により幕が閉じたのである.つまり,厚生労働省がこのような充実した体制を破壊してしまったのである.

○もうひとつは,最近のめちゃくちゃな判例.ある判例によると,2次救急というと,体制Bか,また,体制Cでもかなりの頻度で当直医が専門医を呼べば出てくる体制にしていなくてはならないが,これに携わる医師は心嚢穿刺をする能力がなくてはならないことになった(下記参考記事).

 つまり,今の日本では,よほどの自信家でもない限り,せいぜいDの体制が無難である,というのは言い過ぎだろうか.しかし,法律的なことは私は詳しくないが,判例というものは重い物なのではないか.

【参考記事 2次救急担当医師は心嚢穿刺ができなくてはならない】
 医師は救急医療機関の当番医になった途端、通常の専門領域の医者ではなく、救急医療の専門医としての能力が求められると解釈できます。解釈できるというより、そうでなければならないと規定されています。

 この事件であっても、救急病院以外の病院で脳神経外科部長が担当したのであれば「これ以上望んでも無理」と判決文では語られています。救急病院であるから心タンポナーゼの見逃しは注意義務違反と明言しています。

新小児科医のつぶやき 救急の黄昏 より

 http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061108

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