厚生省の推奨する,プライマリーケアーなどクソ喰らえ!!
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 いきなり,衝撃的なタイトルをあえて付けた.

 皆さんに,美しい響きを持つプライマリーケアーという言葉の意味を今一度考えていただきたいからである.


  

 実際に平成16年から創設された研修医制度にはスーパーローテイト方式と言い,ほとんどの科を2年間で小刻みに研修するスタイルで研修する新人医師もいる.ご丁寧に,後期研修のプログラムの中にはこのようなプライマリーケアーを志す人用のものもある.

 それがどういう結果をもたらしたか.厚生省の国立保健医療科学院長の篠崎英夫氏によると,その様な医師はプライマリーケアーを研修できて,大変よろしいと大絶賛(注1)だが,実際はどうか(箱崎氏の記事クリック). 
 
 実は,スーパーローテイト方式をとって研修したのは大失敗だったという声が,スーパーローテイトで研修した研修医の間から多数上がっている.

 このような研修医は,一つの科を2ヶ月,3ヶ月,時に1ヶ月でいろいろな科を回るため,全然身に付いた気がしないというのである.それはそうだろうと思う.

 また,そのようにネコの目のようにクルクルと,来てはすぐに去ってしまう研修医を指導医は,多くの場合,まじめに教えようとはしない.指導医にしてみれば,意地悪をしているわけでもないのだが,教えようもないし,ただの見学者としてしか扱いようがないのである.

 そもそもプライマリーケアーとは何か.その源泉は何かを理解しなければならない.プライマリーケアーとはアメリカ生まれの言葉である.科にこだわらず,各科で用いられる頻度の高い基礎的な技術を学び,多くの疾患,多くの患者に対応できることである.言葉の響きは良い.
 血液病とか,あまり頻度のない神経疾患は何となく分かるだけで専門医に任せると良い.一般的な内科疾患,小児科疾患を診ることができて,簡単な骨折にはとりあえずギプスなど当てることができる.分娩だって正常分娩ならできる.もちろん,蘇生,救命救急は任せておけ,というスタイルである.

 この位できると,ドクター孤島,ではないが,僻地に行っても重宝がられる.このような大変に良いものである.日本では,今まで,内科医は内科疾患しか診ないし,整形は骨関節の疾患しか診ない.これではダメだ,というわけである.

 実際アメリカではプライマリーケアーを実践する家庭医 (Family Practician)と言うのがいる.これはどういうものか? これを知るにはアメリカの医師養成システムと医療制度について知る必要がある.

 アメリカでは,医学部を卒業するとインターンというものを1年間行う.そのあと,専門とする科を決めるのである.各科でかなり違う.整形外科,脳外科,循環器外科の場合,8年ほどのレジデント期間を要する.腹部外科,一般内科は5−6年.そして,家庭医は2 - 3 年のレジデント期間である(期間は州によっても多少バリエーションあり).


 今,この家庭医について述べる.とにかく,最も速く一人前になれるので家庭医を選択する人が多い.半分くらいの人が家庭医になるようである.
 その家庭医の研修がこのプライマリーケアーの研修なのである.みなすべて一様というのではなく,家庭医の中でも,お産くらいをこなす人もいる.また,知り合いの家庭医は「今日は学会に行って,精管結紮を習ってきましたよ」と言っている人もいたから,この人は,精管結紮もするのであろう.

 そしたら,なぜアメリカではプライマリーケアーを研修し実践している家庭医というものがあるのに,日本にはないのであろうか,と思うであろう.「よーーし.家庭医を目指そう」と張り切って言う若い研修医もきっといることだろう.

 アメリカで,そして,イギリスでも家庭医の数は多いのであるが,なぜそんなに存在しているのであろうか?
 それは医療システムのせいである.イギリスでは,国民全部が,住んでいる地域に家庭医が割り当てられている.アメリカは,民間保険の国であり,いろいろなものがあるが,その民間保険の最大手HMOも,加入者一人一人に,一人の家庭医を割り当てている.
 まず,イギリス,アメリカでは,人が病院に行きたいなと思ったら,どんな疾患であれ,まずこの自分の家庭医を受診しなくてはならない.他に行くことは許されていない.このような強制力のあるシステムの中で,家庭医の需要があるのである.そのことを踏まえておかなくてはならない.

 スポーツをしていて,アキレス腱が切れたようだ・・・こんな時は日本ではすぐに整形外科に行くが,アメリカやイギリスでは家庭医を受診しなければならない.そのあと,アキレス腱断裂なら整形外科を紹介してくれるかも知れない(注2).

 日本ではどうか.日本ではもちろんその該当すると思われる専門科に直接受診する.また,大学病院でもクリニックでも,どこでも受診できる.これは,医療経済学用語で「フリーアクセスが保証されている」と言い,他の外国には見られない日本の医療の非常に良いシステムなのである.

 したがって,日本では今のところプライマリーケアーを研修しても出番はないのである.


 僻地なら重宝されるだろう,という人がいるかもしれない.残念ながら重宝されない.一昔前の僻地なら,内科医が小児の治療をしたし,外科医がお産くらいしたものである.そのような話を私が駆け出しのころはよく聞いたものだ(注3).これこそ言うなればプライマリーケアーの元祖ではないか.

 渡辺淳一先生の小説にも氏が他に医師のいない離島か僻地で子宮外妊娠の手術を駆け出しの頃,訳の分からないまま行ったことが記されている.だから,一昔前なら,何でも一通りこなせる家庭医というものが非常に重宝されたかもしれない.

 しかし,今は違う.どんなに僻地でも,地域住民は産婦人科医のもとで出産を望んでいるし,子供は小児科医に診せたいと思っている.骨が折れたら整形外科である.今は,内科医が小児を診るときにはきちんと「自分は内科医でこんなに小さい子は扱ったことがありませんが,よろしいですか」と言わなくてはならないそうである.そんな厳しい時代なのである.

 むしろ,僻地でも,眼科医であるとか,きちんと専門のある医師が望まれている.その様な医師が来れば,少なくともその地域で,眼科疾患のために遠方まで行くことは少なくなる.眼科という極めて狭い範囲の科を例に挙げたが,そのような意識である.つまり,国民の意識が家庭医を必要としていないのである.

 家庭医を自分で掲げても,内科の技術は本物の内科医にかなわないだろうし,小児科分野でも然り.なぜなら,内科医は内科だけをひたすらやっているから,その分野では「家庭医」は絶対にかなわない.つまり,国民に「中途半端なもの」という印象を与えるし,実際にそうであろう.

 まとめる.プライマリーケアーはアメリカ,イギリスで実際に家庭医により実践されているが,これらの国では,患者はどんな病気にかかっても,まず,指定された家庭医にかからなければならず,その家庭医の手に負えないと判断されたときに,それぞれの専門科にかかることができる.このような強制力ある医療システムの元で家庭医は存在しているのである.
 日本では直接,専門科に患者は受診する.

 したがって,日本では,家庭医の出番はない.

 それが私が,「プライマリーケアーなどクソ喰らえ!!」と言う理由である.その心は,プライマリーケアーという言葉の響きと美しい理念に惑わされずに研修されますように,ということである.

 したがって,研修医は,将来自分の専攻する科を決め,その科と,その周辺の関連のある科を回るのがもっとも好ましい初期研修のスタイルと私は思う.



追)医療技術をマスターすること,維持すること

 卒業間近の学生さん.来年からは研修医.あれもこれもとショッピングカートに商品をポンポン入れるようにたくさんの科を回る研修プログラムを考えてはいませんか.その気持ち,私にはよく分かるのですが,ちょっと考えてみて下さい. 

 医療技術はマスターするのも難しいし,それ以上に,その技術を自分の中で維持するのもまた難しい.

 例えば,外科系の医師なら,麻酔の技術は一通りはマスターしておきたいものだ.きっと半年も研修すれば,結構まともに全身麻酔などをかけられるようになるのだろうな,と思う.
 仮に,半年ほど麻酔科をローテイトして,通り一遍の麻酔技術を身につけたとしても,例えば,整形外科とか,形成,眼科など外科系でもあまり自分で麻酔をかけない科に進み,また,麻酔科のある病院でその後も数年,麻酔は麻酔科にまかせて,その科の研修を集中的に続けたら,やっぱり麻酔はかけられなくなるだろう.

 いざ,「麻酔をかけろ」と言われても,怖くて手が動かないだろう.「怖い」と思ったら,きっともう手は動かないものである. つまり,医療技術というのは何も考えずにパッパッとできてなんぼのものである.いわば,「脊髄反射」的なレベルで出来なければならないのかも知れない.

 マスターした医療技術の維持の難しさである.つまり常に使っていないと維持が出来ないのである.

注1)厚生省の篠崎英夫氏の記事の要点(記事ダウンロード  html版)

研修医制度は成功!!

・研修医が忙しい科とか,訴訟の多い科を敬遠する傾向があると言われていたが,決してそうではなく,研修医は,興味に従って専攻科を選んでいる.小児科,産婦人科などいわゆるキツイと言われている科にも多く進んでいる.

・それまで大学に集中していた若い医師が,進んで地方に行くようになった.

・広くローテートしているので,従来の大学医局ストレート方式の研修に比べて,プライマリーケアーの知識と実技を身につけることが出来た.

【コメント】なにをかいわんや・・・まるで大本営発表である.実態は皆さんのご存知の通り・・・

 ○産科,小児科は,研修医があまりの激務を目の当たりにし,それまで志望していた人からも敬遠されている.

 ○研修医は大都会に集まった.地方医療は大学病院ごと吹っ飛んだ.

 ○多くの病院が,研修医制度による医師不足のため救急外来の看板を下ろし始めている.

 ○こんな厚生省の推奨するプライマリーケアー・・・何か眉に唾つけて考えてみた方が良いのではないか.


注2)イギリス,アメリカの医療の実態は・・・読んでいると具合の悪くなるホームページがある(患者残酷物語)

 イギリスの医療はひどい.家庭医に「ガンの疑いがあるので検査が必要」と言われたとき,日本ならやろうと思えばその日か次の日にでも検査が出来る.イギリスは6ヶ月後,と言われることも稀ではない.お金のある人はフランスで治療を受けたりもすると言う.お金のない人はイギリスではただガンが転移するのを待つだけなのだろうか?

 アメリカの医療は保険会社が牛耳っている.家庭医が「ガンの疑いがあるので検査が必要」となったとき,保険会社にその検査をしてもお金を出してくれるかどうか,お伺いを立てなければならない.保険会社でそのことを審議し,病院に検査の予約を取る.この場合も,「半年後に検査」となる場合も希ではない.

 どちらもガンが体中に転移して回ってしまうよ!  冗談のような医療でしょ.

参考資料:日本と外国の医療制度の違い,および,日本の医療制度の良さ 愛媛大学医学部医療情報部 石原 謙教授 


注3)島根医大の麻酔科の小坂教授がある雑誌に投稿された寄稿文を読んだことがある.小坂先生が駆け出しの頃,道北の日本海側の田舎町に勤務していたころのこと(羽幌町か).ある冬の日の夜,病院に息絶え絶えの子供が搬送されてきたという.とても対処が出来ないので,小坂先生がアンビオバックを押しながら,近隣の小児科のある比較的大きな病院へ搬送したという.吹雪で,海は大しけ.国道は潮で洗われている.打ち寄せる波を見ながら救急車は進んだという.

 やっと到着したと思ったら,診察した小児科医は簡単に「死亡」を宣告したという.ちょっと待ってくれ,ということで父親に泣きつかれたので,小坂先生はまた,アンビオを押しながら,もっと大きな病院を目指したという.

 幸い,その病院でこの子は一命を取り留めることが出来た.

 小坂先生がその町を去るときに,その父親が真心を込めて鱒を釣り,たらいに入れて生きたまま持って来てくれたという.

 美談である.小坂先生は麻酔科医であるが,この時全力でこの子の診療に当たった.40年くらい前は北海道の僻地ではそれが普通だった(日本全国 どこの僻地でもそうでしょう).

 今は,「小児科医でないから診ない」.住民も「診せない」.診て変になったら訴えられかねない.結果が悪ければ,どやされるのがオチである.そんな時代になった.プライマリーケアーも素敵だが,このような厳しい時代を中途半端な知識では乗り切れませんぞ

小坂教授が小児の患者を搬送したとき,海は大荒れ,国道にまで波がかかっていたという.そこは,留萌から稚内を結ぶ日本海側の道路で,オロロンラインとも言われている.夏は風光明媚.左の写真は利尻富士.右:このような感じで道路が走っている.小坂先生の頃はもっと道路事情が良くなかったのだろう.この辺は冬は凄まじいくらい荒れる.吹雪の時にこの道を行くのは,今でもまさに命がけとなる.留萌の近くの雄冬という町があるが,現在でも,冬に海が荒れると国道が通行止めとなり,陸の孤島となる.

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