医局崩壊 魔のシミュレーション

          ・・・あなたの医局はいつ崩壊するか?

【前置き】 

 平成16年に臨床研修医制度が始まって以来,大学の医局,特に,メジャーの医局への入局者数は激減しました.

 特に,メジャー中のメジャーである内科系は,従来は10名前後の入局者が居たのですが,研修医制度が始まって以来,1人か2人,年度と大学によっては0人のところも珍しくありません.

 現在,医療崩壊,病院崩壊が叫ばれておりますが,これはすべて医局の衰弱と崩壊に起因するものです.

 それでは今後どのようななっていくのか.これに関して具体的にシミュレーションしたものは,私はあまり目にしません.各大学の教授会のトップシークレットになっているのでしょうか.

 そのような機密書類を私は勿論目にする事は出来ませんが,単純にモデル化して,医局員総数の年度別推移,関連病院の数の推移をグラフ化し,「崩壊の時」を予想してみました.


モデル:大学のメジャー系医局,特に内科系医局をイメージして,このシミュレーションを行った.
研修医制度が施行される以前の平成15年まで
●医局員総数が100名.1年に10名の新入医局員が入局していたものとする.

●医局員総数とは,医局に所属し,医局に人事権のある者.あるいは,関連病院に固定しているドクターを併せた数とイメージされたい.

平成16年に研修医制度が始まって・・・・

●当初の平成16年,17年は入局者数0名.それ以降,毎年,入局者が,1名の場合,2名,3名,4名,5名,6名,の場合に分けてシミュレーションを行った.

●1年間に10名退局・・・毎年,この規模の医局であるから,10年目の医局員が,1年間に10名退局するものとした.ただ,そのうち,2名はジッツの病院に勤めるものと仮定した.ただ,8名は消えていくものとした.

●医局員数 30-40人を,崩壊ラインとした.

●平成25年までシミュレートした.平成15年に10名入局したドクターが10年目になり辞めていく年だからである.翌年は誰も入局していないのだから誰も辞めない.また,これ以降のずっと先の事を今,いろいろと論じてもしょうがないと思ったからである.

Fig.1 医局員数100名の医局の医局員数の推移

 あくまでも,シミュレーションだが,平均して1名しか入局者がいないと,平成24年に崩壊ラインに達してしまう.2人だと,平成25年に達する.

 今年の北海道,東北地方の医学部の研修医のマッチングの結果を示す.

Fig.2 平成19年度 大学別研修医マッチング(北海道,東北地方)

 寂しい数字が並ぶ.旭川の11名.弘前の8名.岩手の3名.秋田の11名などは,壊滅的と言って良い.おそらくこれと同じ位の数の医師が,そこで後期研修,つまり入局することが予想されるが,現在はマイナー系の科を志望するものがすごく多い.おそらく半数以上はマイナー系,特に,皮膚科,眼科,精神科に進むと言われている.となると,これらの大学では,本当に,内科系医局の新入医局員が0人と言うところも多いだろう.

 旭川医大は,研修医制度前は.自前の卒業生と他大学から来る医師併せて,70名近い医師が旭川医大の医局に入局していた.内科系もそれぞれ,10名近い新入医局員を擁していた.それがこの有様である.

 旧帝大系や歴史のある大学の内科などメジャー系の医局はOBの数も現役の医局員も多いので,崩壊するまでには至らないかも知れないが,やはり,新人が入ってこないと言うのは苦しい事である.また,このような大学は「良い病院」,つまり,その地域の公的基幹病院で.患者が昼も夜も沢山来る病院が多いので,ベテランになっても,月に何日も当直をさせられたりすると,疲弊して辞めていく人も雪崩のように続出する危険性がある.必ずしも安全とは言い難い.

 まあ,あくまでも一つのモデルと捉えたい.ただ,医局長などと話をすると「5人位入ってくれれば御の字だ」とよく言う.今やかつてのように,10人,15人と入ってくることはあり得ない時代である.ただ,Fig1で5人くらい入ってくれると医局員総数が60人を維持できる.すると,医局に半分,外に半分という配置ができる.ある意味で,みんなの顔の見える医局,と言うか,医局で仕事もして,外の関連病院で腕を磨き,また医局に戻り充填する,という感じになる.このくらい居ると「医局らしく」なるような気がする.あまりに沢山居ると,皆の顔が覚えられないが,このくらいだとちょうど良いような感じもする.まあ,グラフから「入局者5人 御の字」という事は頷ける.


 さて,今までは,平成15年の医局員数が100名という前提で見てきたが,総数が80名だったらどうなるだろうか.それを提示する.

 

Fig.3 医局員数100名の医局の医局員数の推移

 かなり厳しい状況が予想される.新入医局員数が0人のところは,平成20年に崩壊ラインに達する.1名か2名のところは,平成21年に,3人,4人と所も平成23年くらいに崩壊ラインに次から次へと着水していく.5人も入っている所など,なかなかないと思うが,その様な医局も25年に崩壊ラインに突入する.

 つまり,80名の医局はあと5年位で,崩壊するか,気息奄々の「危篤状態」になる.

 次に関連病院数の推移を検討した.前提条件は以下.

平成15年に医局員総数100名の医局の関連病院の数の推移を検討した.

 色々な関連病院があると思うが,ここでは簡便に考え,1病院3名の医師が常勤医として居るものとした.

 医局員総数から,大学病院で勤務するもの,並びに,研究している者を30名として,これを減じた.

 つまり,医局員数100名とすると,30名が大学に,関連病院に70名が出ているものと考えた.70名÷3=23.3  つまり,23.3箇所の関連病院があるものと考えた.

 このような前提条件に基づき,関連病院の数の年毎の推移を見ていくと下の図のようになる.

Fig.4 研修医制度後の医局の関連病院の数の推移をシミュレートしたもの

 

 関連病院の数はこのように見ると,結構厳しいものを感じざるを得ない.来年の平成20年には,入局者数2名以下(北海道,東北地方ではこのような内科の医局が多いと思われる)では,関連病院の数は往年の半分になりそうである.

 まあ,当分は大学にいる人数を絞るとか,病院あたりの出張数を減らす(3人のところを2人にする)などして,取り繕っている所もあるが,やはり,下向きのベクトルは強い.放物線状に落下していくことも考えられる.また,近年は「集約化」で一つの病院に多くの医師を配置しようとするので,関連病院の数自体はより減っていく事が予想される.

 私はこのシミュレーションをあえて,大学の内科の医局をイメージして作った.病院にとって内科は非常に重要な科である.いや,それを言うと,産婦人科だって外科だって整形だって皮膚科だって大事なのである.それは当たり前だ.

 しかし,総合病院,基幹病院では内科が無ければ病院自体が成り立たない,ということも常識だ.だから,この関連病院の数の減少は,つまり,稼働する公的基幹病院の数そのものでもあるわけだ.

 また,臨床研修医制度が厚生省の鳴り物入りで始まったは良いが,内科を志望する者も内科の医局に入局する者も激減している.

 先ほど,内科が大事だと言ったが,内科には,複数人の内科医が居る者だが,その中に,ひとりで良いから,しっかりした実力のある内科のベテランの医師がいなくてはいけない.逆にその様な医師がひとり居ればよいのだ.そうすれば,他の内科医がみんな飯を食える.そのような人がもしいなければただの烏合の衆.先行きの暗いみじめな瓦解集団となる.

 そしてその様なベテラン医師の多くは医局で養成されてきた,というのも事実だ.その実績はある.最近になって,にわかに後期研修医を募集して内科医の養成?を始めた病院で,このような内科医の養成が出来るとは,ほとほと心細い.なぜならば実績がないからである.

 伝統的に研修医をとっていたレジデント病院があるではないか,と言うかもしれない.いわゆる,大都会にある有名なブランド病院である.このようなところもどうか.内情によりけりだが,その様な人気病院は,以前から周知されている事であるが,5年研修したら,放り出されるわけである.それより上の正規の職員のポストは東大や慶応など力のある大学のジッツであり.それらの大学の医局員が来る,と言う事も重たい事実である.

 しかし,5年やっても,実際の医師の成長はこれからである.というわけで,伝統的なブランド病院でもベテラン内科医の育成の点に関しては,本当に実績はあるのかどうなのか,私は疑問視している.もちろん例外はあるだろうが,少なくても北海道に住んでいる私の耳には聞こえてこない.ただ,私はあくまでも「一般的な実績」という点から述べた,ということを付け加えておく.

 今の研修医制度のトレンドは.1)マイナー 2)都会  3)総合医(何でも屋,つまり,何にもできない屋)のトリアスである.どちらにしても,この制度とこのトレンドが続く限り,日本の医療の将来は暗いものであると思わざるを得ない.

 シミュレーションでは5年後には真っ暗になりそうである.

 暴言多謝


【補足記事】ある伝統校の内科医局の場合・・・

 私の友人で,本州の歴史のある伝統のある大学の内科の医局に所属している者がいるので,状況をいろいろ聴いてみた.

 彼にしても「今は医局員が入らなくて大変だ」という.ここでも,関連病院の整理の真っ最中である.どんどん関連病院を斬って「集約化」に勤しんでいる(いそしんでいる).

 従来は,14 - 15名の入局者がいたと言う.また,彼が入局した当初は140人の医局員がいたという.一方,研修医制度後の年間の入局者数は,6 - 7人だそうである.

 このデータで今後の推移のグラフを書いて,どのようになるか見てみよう.

 前提

○ 研修医制度前の医局員総数 140名 

○ 研修医制度前の1年間の新入医局員数 14人

○ 現在の1年間の入局者数6人

○ 1年間に14人退局するが,3人は医局内のジッツにとどまる.平成16年,17年は新入医局員は0人.故に11人ずつ減少(14-3=11) 

○ 平成18年以降は,11人ずつ減少するが,年間6名の医局員が入るので,年間5名の減少となる.14-3-6=5

○ 関連病院数は,医局員数から大学にいる者を30人減じ,一病院あたり3人の医局員がいるものとして,これを3で割った.

グラフにして見てみよう.

Fig.5 ある伝統校の内科医局における医局員総数と関連病院数の推移

 徐々にこれから減少していくのはやむを得ないが,平成25年で,医局員数は78人.これだけいれば,医局としての体制としては十分だろう.関連病院数は平成15年の36.6箇所から,16箇所に減少.半分以下となるが,これも仕方のないことであるにせよ,一つの医局として医師を教育する分には十分である.

 この平成25年のあとはどうなるか.単にロジックに考えると,6人しか入っていないのだから,年間の退局者も6人.そのうち,1 - 2人がジッツ内に残るとすると,徐々にではあるが緩やかに増加が見込まれる.つまりこのような大学は生き残るであろう.

-

1

2

4

6

3

7

8

9

6

5

4

1

2

inserted by FC2 system