医師不足の淵源(その4)
世の中から「目こぼし」がなくなった.遠慮なき医者たたきの末に
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原因1:女子医学生の増加
原因2:厚生労働省の病院の人的規制と「名義貸し」の全面禁止
原因3:蛇足的な流れ・・・薬屋の接待の禁止,アルバイトの禁止
      まるで魅力のなくなった公的基幹病院勤務
原因4:「目こぼし」がなくなった.遠慮なき医者たたきの末に
原因5:訴訟,そして,医師敗訴の頻発,医師の逮捕の頻発
原因6:日本の医療システムへの原爆投下・・・臨床研修医制度の導入


清水運動・・・医師は聖者であれねばならないのか? 

 前回,原因3で公的病院勤務医に対しての薬品メーカーの接待が禁止された.また,勤務時間内のアルバイトが禁止された.これは言われると,なかなか医師側から抗弁しがたいものである.あまりにも正論だからである.しかし,これにより公的基幹病院が医師にとって砂を噛むようなつまらない職場になったことは事実である.

 従って,公的基幹病院に勤めるベテラン医師の退職が相次ぎ,また,公的機関病院は地域の救急医療を担っているから,その地域の救急医療が廃れ,崩壊していくという現実がある.そして,それで大損をするのは地域の住民である.

原因4:「目こぼし」がなくなった.遠慮ない医者たたきの末に

 医師に過度なモラルを求めた事件のひとつが,当直中に酒を飲んだ医師を責め立てた事件である.これは,医師のあまりいない田舎の病院でおきたもので,この医師(院長)は病院の敷地内に住宅があった.病院の敷地内であれば,一応,住宅にいれば当直をしていたことになるのである.実際,この院長はかなりの日数を当直していた.

 ある日の夜,遅くにやってきた急患がやってきた.この時,軽くいっぱいやっていたという.しかし,患者か患者の家族に,酒を飲んで診療したと言うことを咎められ,院長は辞職した(そのドキュメンタリーなマンガは下の絵をクリック).

 このような事件は我々の業務に微妙に影響を与える.これ以降であろうか,当直医は酒を飲んではいけないと言うことになり,今や,当直医は酒を飲まないと言うことが常識になったようにも聞いている.

 私の頃,と言ってもそんな昔話ではない.私もつい6年ほど前まで,地方の救急をバンバンやる一線病院で働いていたが,当直などの時には常識的に酒(缶ビール1本か2本)を飲んでいた.そうやって息抜きでもしないと,はっきり言って,病院勤務など続けられるものではない.救急をバンバンやる様な病院であればなおさらだ.

 要するに,当たり前であるが,当直の場合であろうがいかなる場合であろうが酒に飲まれないことがポイントであろう.

 それが,この酒を飲んだ当直医糾弾事件以来,当直の時には酒を飲まないというのが定着してしまった.医師は聖者たれ! まことに結構であるが,医師の勤務というのは,患者を診るという点で,24時間365日常時,臨戦態勢であるとも言える.ただ,医師も人間ですから,24時間365日をどのように仲間とシェアーしていくか,これが言うまでもなくもっとも重要な事になる.

 また,田舎の病院に一人でいるとか,市中の基幹病院だが,たとえば産婦人科医は自分一人とか,24時間365日をシェアーしようにもできない境遇の医師も多いわけだから,そのような人は酒を飲んでいるときに,急患が入りそれに対応しなければならなくなることもある.

 それを世間は云々して,恐ろしく理不尽な規制やモラルを医師側に押しつけ,結局大きな基幹病院に医師は勤務しようにも出来なくなってしまった.

 医師の仕事は車の運転ではない.車の運転なら飲酒運転を厳しく罰するのに理があるが,医師の業務の場合,24時間365日に及ぶし,医師が望んでいなくても患者の方で急変したり,病院に「助けてくれ」と飛び込んでくる場合がある.これに対して,「酒を飲んで診療してはいけない.飲酒診療 事故の元」とでも法制化してくれれば,本当にありがたいのであるが,世間もマスコミもずるいので,そんなことは言わない.ただただ,医師に聖者であることを要求して,何かがあれば問題にしているだけである.

 これが,医師に聖者であることを自分の都合の良いときだけ強要する,「清水運動」である.その結果,どうなったのか.

 田舎の国保病院,町立病院など,実労している医師が一人とか二人とか言う場合も珍しくない.彼らは結局,1日交替で当直をしているのである.何も言わなければ良いものを,当直中に酒を飲んだ,と言って糾弾したり,「名義貸しだ」と言って糾弾したりして,結局は地元の病院を潰してしまった.

 だれが一番,損をしたのか.その町の住民である.医療機関にかかるチャンスが都会に比べてただでも圧倒的に少ないのに,ますます,医療機関が遠い存在になった.地元に国保病院でもあったときにはすぐにかかれたのに,今や,マンガのように,北海道では2時間も3時間も運転して,近隣の市の病院まで行かなければならなくなってしまった.

 得をしたものは誰か.記事をせしめた新聞社,マスコミであり,また,医療費を切りつめたくて仕方のない厚生労働省である.かつて,昭和36年に国民皆保険制度が出来たとき,都会だけでなく,地方や僻地の人も平等に病院にかかれる機会を持てるようにと,国保病院,町立病院を整備したが,結局は地域の住民が無邪気にもマスコミに踊らされ,自分たちの病院を潰してしまったわけである.この様な現象がこれからも起こりうるのだ,ということを地域住民はよく考え,「清水運動に」荷担しないように私としては望みたい.もし,荷担すれば,損をするのは自分らなのだから.

 同様に大きな公的基幹病院でも状況は同じ.「清水運動」で異様なモラルを医師たちに押しつけ,医師を集められなくなって,衰退しつつある.


ちょっと,「当直」ということについて復習しておこう.

当直(宿直) とは
一般的な許可基準は、次のとおりである。
・常態として、ほとんど労働する必要のない勤務で、原則として定時的巡視、電話の収受、非常事態に備えての待機等を目的とするものに限ること

・宿日直手当は、職種毎に、宿日直勤務に就く労働者の賃金の1人1日平均額の3分の1を下回らないこと

・宿日直の回数は、原則として、日直については月1回、宿直については週1回を限度とすること

・宿直については、相当の睡眠設備を設けること

医師,看護師の宿日直勤務については、許可基準の細目が次のとおり定められている。
・通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。すなわち通常の勤務態様が継続している場合は勤務から解放されたとはいえないから、その間は時間外労働として取り扱わなければならないこと

・夜間に従事する業務は、一般の宿直業務以外には、病室の定時巡回、異常患者の医師への報告、あるいは少数の要注意患者の定時検脈、検温等特殊の措置を必要としない軽度の、又は短時問の業務に限ること

・夜間に十分睡眠がとれること

 当直というのであれば,通常の勤務から解放されており,従って患者を診る義務もないわけで,したがって,先の田舎の病院の医師の例であるが怒られたり,問題にされる筋合いもそもそもないのである.

 文字通り.「診て」やって,それにもかかわらず,およそ場違いなことを問題にされ,その医師も,地域の住民も不幸になった症例と言えよう.

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